carpe diem

声優とラジオとエイトとお酒とアート。時々ドーナツ。

アドレセンス―クローゼットの中にある服を着て

8月もあっという間に後半戦。

刻々と楽しみにしているアニバーサリーライブが近づいている。そんな今、声優・吉野裕行が歌い届けてきた作品を私なりに振り返りたいな、と思い今日から記事を書こうと決めた。

 

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1作品目は最新作【アドレセンス】

 

 

この作品を聴いていると大好きで大切にしている服たちがずらりと並んだクローゼットの前にいるような気分になる。

 

思い出を辿る、と聞くとサッと浮かぶのはアルバムや手紙といったものだろうけど、吉野さんの楽曲に関しては違う。私の中でピタリと当てはまるのが「服」なのだ。

 

服は毎日着るもの。

毎日、今日は何着よう?とクローゼットの前で考え、選ぶ。

たまにはコーディネートを間違えたり、気分が変わったり、季節外れになってしまい遠ざけたり、年相応になって着れるようになったり。

 

そんな何気ない日常を積み重ねてきてこの5年という時間ができたのだ。

 

吉野さんの楽曲の中でも一際わかりやすく郷愁をかき立てるのが新曲「アドレセンス」だ。

 

この楽曲はとにかくイントロから強い引力を持っている。これは持論だが、声が好きでハマる声優の楽曲でも本当に好きな作品はイントロからあまりの美しさに胸を掴まれてしまう。吉野さんのほかの楽曲でいうと「さよなら」や「Innocence」がそれに当てはまる。

 

とにかく聴いてくれ、と言いたくなる。

 

それくらい楽曲がただただ美しいのだ。

 

 

「アドレセンス」を聞くと聞いた人の数だけ思い出す顔がある。

 

リリースイベントや雑誌でも吉野さんはこの歌は多くの人に当てはまるようなものを描く、といったことを話されていた。

 

唇を噛む

忘れない面影

涙のにおい

街の灯り

 

綴られる言葉たちは鍵となり、ずっと胸閉まっていた大切な記憶を思い出させてくれる。

 

こんなにも自分に寄り添ってくれる曲があっただろうか。

 

そんなことを聞き終えた瞬間、じわりとした暖かい幸せに浸りながら考えるのだ。

 

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この作品のMVはとても美しい。

 

きらみゅんの中で私が最高傑作だと思っているUncle Bombの「手のひら」に続く胸打つ名作だ。(そして後日リリースイベントで同じ監督が撮影したと知るのだった。)

 

文字にするなら「削ぎ落とされた美くしさ」。

 

真っ白でシンプルな服をまとった吉野さんが椅子に座っている。背景にある紗幕に記憶の映像(出会ってきた人達と思わしき数々のシーン)が映されて行くのを見ていると、その映像はいつの間にか自分の記憶に替えられていくから不思議だ。

 

最後の一場面は本当に見事だ。

 

これ以上、多くは語らない。

 

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吉野裕行という表現者の歌がなんでここまで自分に響くのだろう。

 

これまで発売してきた数々の楽曲の中では出せなかった答えが「アドレセンス」で出すことが出来た。

 

 

それは思い出を美化しないから。

 

 

 

よくすべての出来事には意味がある、意味の無い出会いなんてない、という言葉を聞く。私はこれを信じていない。そりゃ全てのことに素敵な意味があって、キラキラ少女漫画の主人公のように生きていけたら素敵だろう。ただ人生はもっと泥臭い。

 

美化できない記憶は人それぞれあると思う。自分で言うなら例えばパワハラやいじめにあったこと。

これに意味があっただなんて思えない。こんなこと経験しなければそれに越したことはないし、今でも20代の貴重な2年間を返して欲しいと思うし、たくさんのものを失ったし、出会わなければ良かったとすら思うことがある。

 

もっとポジティブにいこうよ。

過去を否定するなよ。

他人のそんな言葉が素直に入るほど私は真っ直ぐに育っていない。

 

 

辛いものは辛いし、苦しいものは苦しい。

でも過去は変えられない。

ちゃんと「今」を抱きしめるために「過去」を否定せずありのままに受け止めるからこそ、私は吉野さんの歌が好きなのだと思う。

 

 

 

吉野裕行の楽曲と過ごした5年間。

気づけば私のクローゼットにはズラリとたくさんの服が並んでいる。穴が空いていたり、取れないシミが付いていたり、大切にしすぎてあまり着れていないものもあったり。

たくさんの服を眺めながら私はアニバーサリーまでの時間、言葉に出来ないような幸せに浸るのだろう。

 

 

さて。

今日はどんな服を着ようか。