ラジオメールを書くということ
終わりというものは突然やってくる、なぁんていう小説の一文のような文字を通勤中のスマホで打ちながら私は今、寂しさという波を押し退けようとしている。
来月大好きなラジオ番組が1つ終わってしまう。
私の推し、吉野さんはしきりに「始まりがあれば終わりがある。終わりがあるからまた始まる。」というがやはり寂しいものは寂しい。私はいちリスナーでありファンだから、今は両足をジタバタさせて身を捩りながらイヤイヤ!と駄々を捏ねたい。
「終わらないでよ!」と。
さて、3月いっぱいで終止符を打つラブナイツとの思い出にひたるのは最終回直前まで大切に取っておこうと思う。
今日は私が書きたいのはラジオメールについて。
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私はラジオメールデビューは中学の時だった。
誕生日に買ってもらったブルーのパナソニックのMDラジカセコンポは受験勉強のお供だった。(ちなみにこの愛機は今でも現役で動いている)
聞いていたのはオールナイトニッポンとラジオ大阪の声優Vステやラジオ関西。初採用はたしか他愛もない楽曲リクエストだった。当時流行りのポルノグラフティさんの「アゲハ蝶」だった。自分の名前をパーソナリティが読み上げ、大好きな曲がアナログ電波から流れてくるの幸福感は今でも忘れない。
笑えるネタメールを投稿し始めたのは鈴村さんと岩田さんのスイートイグニッション。当時住んでいた関西に来てイベントをしてくれた貴重な番組で、よく冬の陣のときは弁天町のブースまで観覧に行っていた。パーソナリティの顔がわかるからこそ、こう読んでくれるかな?伝わるかな?ニヤッとしてくれてら私の勝ち!とかいろんなことを考えながらメールを書くのが楽しかった。
私はけしてハガキ/メール職人という部類では無い。そんな1週間にネタを何十通も送らないし、採用率は高くはない(打率はいいほうだと思ってるけど)。なんせ私自身に、なんとしても読んで欲しい!という思いが薄いのだ。ただ私の日常で気づいたことがあったら伝えたいと思う番組があるから書く。たったそれだけ。
つまり、ラジオメールを書くということは私にとってお腹がすいたから食べるというのとまったく同じライン上での行為なのだと思う。
ラジオメールを書くようになってからとにかく日々の出来事が楽しい。彼氏との別れ際の後悔の懺悔も楽しかった甘い出来事も、駅の階段で転けたこと、インフルエンザになったこと、その日食べたおいしかったもの…すべてがラジオメールになった。そしてより沢山の事に気づくようになった。
私にとってラジオメールとは生きがいや趣味とかそんな大それた名目に分類するモノではないのだ。
ラジオメールこそが日常なのだ。
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さて最初に話したラブナイツという中堅男性声優による地上波帯番組が終わる。
放送期間はわずか1年半。
ただ同時に濃密な1年半だった。
なぜならこの1年半、私毎週最低一通はメールを送っていたからだ。
風邪をひいても、海外にいても、どんなにくだらないネタであっても書くこと&送ることを止めなかった。無意識に送り続けていた。
それが今終わりが来ると意識しながらラジオメールを書こうとしている。
いくらラジオメールが日常となってもお別れについて触れる内容は日常になってほしくないものだ。
これから私は筆替わりに指をスマホのスクリーンの上で右に左に滑らせる。
私はラジオメールを書くということをやめられない。