carpe diem

声優とラジオとエイトとお酒とアート。時々ドーナツ。

それは間違いなく「今」だったんだ

2020年4月29日。

本来なら47ツアーのフィナーレを早めの夏の香り漂う沖縄で迎えるはずだった日。

この日に公開してくれた関ジャニ∞、メンバー5人でのラジオで発表された企画に私は驚き、そしてその内容にどこまでも彼ららしいなぁと感じた。

 

その企画の名前は【Re:LIVE】

 

もう一度ライブを。

もう一度生きる。

 

5人になってからの8ヶ月でアップデートし続ける彼らのこの企画に私は胸を踊らせた。eightが考えた1番の歌詞に私たちeighterが彼らへの想いを言葉にして送りそこから曲を完成させる。ただでさえTwitter内でお互いの繋がりの強さを感じているのに(この点については主に大倉くんに感謝ですね〜)、そこからさらに双方向に向き合ったベクトルを作ろうとしてくれている。どこまでも果てしなくすごい人達だ。

 

私はまるっと彼らが言う「大変だった2年間」を知っているわけではない。けれど何か書きたいという気持ちで溢れている。

 

そこでちょっと自分の思考をクリアにするという意味も込めてなんで30を過ぎた私が関ジャニ∞に惹かれてしまったのか、そしてこの2年の出来事をどう捉えたのか書いてみたいと思う。

 

 

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1:知っているタレントだった頃

 

日本に住んでいればジャニーズのことを知らずに過ごすのはほぼ無理に近いと思う。ある意味宝塚に並ぶ伝統的エンタメだ。

中学の時はどのグループがどんな曲を歌っているかは昼休みの校内放送を聞けば一目瞭然。運動会で「WAになっておどろう」を練習したし、初めて自分で買ったCDは8センチの「硝子の少年」だった。犬夜叉を見たあとの「学校へ行こう」は欠かさず見ていたし、年が変わる瞬間はカウコンを見ていた。年齢的に少しお兄ちゃんのV6、KinKi KidsTOKIOは同級生の男子なんかと比べたらとてつもなくカッコイイと思っていた。ただ幼かったこともあり、そこにファンクラブがあること、ライブへの参加方法などまったく知らないまま大きくなり、ジャニーズタレントはテレビの向こうの人達という枠を越えて好きになることは無かった。

 

関ジャニ∞という存在は関西育ちだったこともあり早くからは知っていた。けれど自分と同世代の彼らよりもやっぱり憧れてしまうのはお兄ちゃんである年上のジャニーズグループだった。

 

 

2:関ジャムで知ったミュージシャンとしての関ジャニ∞

 

ジャニーズと離れた声優というジャンルでオタクをしていた私大きくを変えたのが「関ジャム」だった。なんとなくその時間帯の番組を見る習慣があり、面白そうな番組やってるから見よう、という軽い気持ちで楽しんでいた。

 

それまで声優が歌う楽曲と慣れ親しんだ洋楽が私のセトリのほとんどを占めていたのだが、そこに邦楽が加わるようになった。特に関ジャニ∞のメンバーによるセッションは毎回素晴らしくて、気づけば毎収録画するようになっていた。途中から特集で学んだことをセッションに反映するようになり、目に見えてみんなの演奏が磨かれていくのを目の当たりにして「すげー」と番組にのめり込んでいった。

 

 

3:渋谷すばるというシンガーの旅立ち

 

そこからもう一歩踏み込むきっかけとなったのは渋谷さんの脱退だ。私ですら「まさか、すばるくんが?」と驚いてしまった。

 

ただ番組と関ジャニ∞の絆を感じたのもまた、この出来事がきっかけだった。なんとなく気になって見てしまった記者会見やメンバーのラジオ。気づけば各音楽番組の最後の出演を見届けていた。そして迎えた最後の日。関ジャニ∞とし手の幕引きをした場所は関ジャムだった。本当にあの1時間は忘れられない時間だった。ここまで番組が魂を込めて人を送り出したことがあるだろうか。言葉に表せられない熱さがそこにあった。

 

これは語弊を産むかもしれないから今まで言ってこなかったが、渋谷すばるというアイドルほどこんな幸せな形でかたちで旅立った人はいないのではないかと思っている。

 

当時はまだ自分がeighterではなかったということもあり、私は冷静に色々見ていたような気がする。

 

同世代だからだろうか。錦戸さんの時もそうだけど旅立ちを決めたメンバーの決断に「わかる」と感じてしまっていた。30代半ばってそういう年齢なんだと思う。標識のない分岐点なんだと思う。私もまた迷って決断して失敗して、そんな繰り返しの上に今がある。

 

 

4:今だと感じた瞬間

 

2019年の2月、泊まりに行った友達の家で見せてもらったのが【JUKEBOX】だった。ここからは多くを語る必要なんてない。開始直前、幕の裏で固く何かを祈りあうかのようにお互いを抱きしめる姿に胸が熱くなった。そこから圧巻の「ブリュレ」。関ジャムでセッションや新曲が出た時に彼らの演奏を見てきたはずなのに、コンサートという聖なる場で開放された彼らの音楽は迫力が凄まじかった。

 

思えばこれが赤い実が実った瞬間だっのかもしれない。

 

そして続くライブ。次に私が揺さぶられたのは「宇宙に行ったライオン」だった。渋谷すばるという稀有なシンガーの吠えるような訴える声。そこに乗る7人の楽器と声。疾走感溢れる曲はすぐさま私のお気に入りになった。

 

好みのどストレートをついてきたのは「Sorry Sorry Love」美しい高めのトーンの声がバシッとテクノサウンドとマッチした丸ちゃんの声に恋したのはこの瞬間だった。元々声オタだから声には敏感なんだろう。レンジの広い歌声、安定感のある低音とがなり、そしてヤスくんとみせる繊細なのに力強いハモリ。この時にはもう恋は始まっていたように思う。

 

赤い実が盛大にバァーンと弾けたのはラスト。今もJUKEBOXのこのシーンを見ると涙が出そうになる。関ジャニ∞恒例の「最高で最強の…」の手を繋ぐ場面だ。ドームでライブツアーをするこの人達と大勢のファン。そのドームというeightとeighterにとっての聖域でみんなが手を繋ぐ。この場面を見た瞬間感動した。誰1人きっと途切れることなくぐるりとみんなでひとつになっている。この場面を見た時私も関ジャニ∞が大切にするeighterの一員になりたいと思ったのだった。

 

 

5:だから今だったんだ

 

実はJUKEBOXを見ていた時、自分の私生活は判断を迫られる場面が重なり迷いが生じていた。選ばなかった道を見ながら後悔もしていた。残酷にも時間だけは前に進んでいて、それに遅れをとってはなるまいと、進まなければいけないと足を引き摺ってきたような状態だった。

 

その時聞いた「LIFE~目の前の向こうへ」や「ノスタルジア」「今」は胸に響いた。

 

関ジャニ∞の曲は単純な応援歌ではない。頑張れと無責任に言葉を投げつけられるのは意外にもしんどかったりする(だからゴリゴリ応援歌は苦手だ)。でも関ジャニ∞はそこで1度は立ち止まっても、折れても、下を向いてもいいと寄り添ってくれた。

 

今の自分をなかなか肯定できなかった私にとって、初めてそれでいいんだと言ってくれたような気がした。

 

私は今思う。

 

2019年というタイミングじゃなかったから私は彼らにここまで惹かれることはなかったのではないか、と。

 

10代や20代の時に出会っていてもその味わいを理解できなかったのではないか、と。

 

今だから私が宝物にすることが出来た音楽体験と出会いがあるのだと自信もって言える。

 

それは関ジャニ∞が常にアップデートをしているからなのかもしれない。

 

 

もちろんこうやって追いかけ始めるとこれは知りたかったなぁという過去はある。私もタイムマシンがあるならJUKEBOXを1度ドームで経験したかった。

 

でも私は思う。

タイミングは間違ってなんかいない。

 

関ジャニ∞に出会い好きになったタイミング。

 

それは間違いなく、今だったんだ。

2020年 春アニメメモ

久々にこの記事!!

ここ数クール分、オフの生活が忙しくて出来なかった恒例だったこの自分用メモ。復活しました。

 

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以下自分用メモ。

放送局も関東在住の基準です。

 


【天晴爛漫!】

MX 4/10~

久々のオリジナル作品。大好きなPAWorksさんアニメなので期待値大!!OP曲は森久保祥ちゃんなんやね。花江くん、山下くん、悠木ちゃん、そーまたそ、そして安定の折ちゃんにさっくというライナップ。

 


かくしごと

MX 4/2~

いよいよこの布陣が帰ってきた!個人的に嬉しかったのがED曲が大瀧詠一さんの「君は天然色」ってところ。ファン交流って面だと絶望放送の頃の仲間が集結してきているのも面白い。

 


【アルテ】

MX 4/4~

実は原作大好き。16世紀フィレンツェという舞台もアートというテーマも好みド直球。みかこし、こにたんは私のイメージぴったしです。

 


【BNA ビーエヌエー】

フジ 4/8~

TRIGGERの新作!そこに細やん!吉成曜監督作品、脚本中島かずき、というタッグなのでワクワクさせてくれそうやなぁ。

 


富豪刑事 Balance:UNLIMITED】

フジ 4/9~

ノイタミナ枠。監督の作品で最近見た【HELLO WORLD】が個人的にヒットだったので期待してます。

 


イエスタデイをうたって

テレ朝 4/4~

冬目景さん、昔読んでたなぁと思いチェック。お恥ずかしながらメインキャストは存じ上げない方々なので、新たな発見ができるかな?という楽しみもあります。

 


【啄木鳥探偵處】

MX 4/13~

原作がなかなか面白い!メインはキミ声企画の新人くんやけど、そこを固める安定感は抜群。OPは古川くんなのでこちらも楽しみにしています。

 


デジモンアドベンチャー:】

フジ 4/5~

これは見るっきゃない。

理由:選ばれし(と思い込んでいた)子供だから

 


【文豪とアルケミスト

テレ東 4/3~

ゲームにハマれなかったのでどうなるか分からないけれどアニメなら見れるかも?ということで「とりあえずチェックリスト」にINしました。キャストはこの上なく豪華なんよなぁ。ゲーム原作のアニメ化はシナリオ次第やなぁ。

 


【別冊オリンピア・キュクロス】

MX 4/20~

大好きなヤマザキマリさんの作品。しかも声が小野大輔さんに、ラーメンズ片桐仁さん!もう最高オブ最高な予感。

 

 

 

【困ったじいさん】が本当に気になるんやけどBSが映らない我が家(涙)これは実家で録画してもらうかなぁ?というのも日野くんがメインなんですよ!しかも主題歌まで!そのタイトルが「じいさんのラブラブ(ハート)スキャット

 

 

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続きもの▲▼

 

キングダム 第3シリーズ

NHK総合 4/5~

 


銀河英雄伝説 Die Neue These

Eテレ 4/6~

 


フルーツバスケット セカンドシーズン

テレ東 4/6~

 


無限の住人 IMMORTAL

MX 4/7~

 

 

ここ数クールの中で1番ワクワクしているかも!こんな時だから家でぬくぬくしてアニメもいいね。

 

 

3月の最終週のワタシ

3月の最終週なんて大嫌いだ。

 

「始まりがあれば終わりがある」なんて言うけれど、それはつまり私の大好きな番組が終わる悲しみに暮れているのと同時に来週から始まる新たな番組を喜んでいる人がいるという事じゃないか。

 

(なんやねん、もう)

 

 

そう言った瞬間、自分のグチがいかに滑稽か秒で気づくのだ。

 

私だってラブナイツが始まる時喜んだじゃないか。その裏ではユニゾンジェネレーションのリスナーは落ち込んだだろうに。もっと言うなら平日深夜1時というラジオのゴールデンタイムを男性声優が帯で乗っ取ったと知った往年のラジオフリークたちは怒ったかもしれない。

 

この改編期を越える度に、ラジオ好きの悲しいジレンマに頭を抱える。本当に…ラジオを好きになってしまったが最後。

 

3月の最終週の滑稽な喜怒哀楽サイクルの繰り返しだ。カラカラとケージの音を立てながらどこにも進まない車輪の中で走るハムスターと同じだ。

 

この車輪を何年間私は全力で走っているのだろう。

 

12歳でオールナイトニッポンを初めて聞いたあの頃の私のままでいられたらいいのに。

 

 

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あと数時間でラブナイツ火曜日のラストがきてしまう。

 

すごく正直なことを言うと前に吉野さんが担当していた「YFC」や「ギリギリアウト」や「超ラジ」と比べると、今回の番組はのめり込み度は低かったように思う。

 

古き昭和のアナログラジオの愛好家だからだろうか。アプリ連動は視覚的に賑やかで楽しい時もあれば、音に集中したい自分の感覚を鈍らせるような気もした。途中目にするファン同士のマイナスな言葉も目に対して最後にはiPadの下半分を厚紙で隠すというワザを覚えた。ハロプロに興味の薄い自分はついていけない話題の時も多々あった。

 

すごく正直なことを言うなら終わりは予感していた。今まで何年も一緒に聞いていたラジオ仲間が聞かなくなったり、方向性にハテナが浮かび始めたあたりから、祈る想いで10月と3月を迎えていた。

 

 

前に書いたようにラジオは私にとってエンタメではなく日常だ。だからきっとこのテンポが私の深夜の波長のズレる日があったという、ただそれだけのことなのかもしれない。

 

ただ面白いことにいざ終わるとなると毎週、1年半送り続けてきたメールの内容を振り返ってしまったり、寂しさが込み上げてきた。

 

YFCで約束したことを果たしたと報告したのも、伝えたかったライブの感謝も、私の日常に笑ってくれたことも、ラジオだった。この番組に関していうのなら、恐らくラジオの構成とかそういうのはどうでもよかったのかもしれない(あんな偉そうに文句言ってたけど…)。その先に声があるということが大事だったのだ。

 

 

ラジオは特別だ。

 

ラジオの向こうの人と繋がれる。

繋がりを実感できる。

 

この1年半はそんな火曜深夜が楽しかった。

 

 

さて。

しっかり見届けようか。

 

 

 

あ。

でもかしこまるのはきっと吉野さんは好まないね。家事とかラジオはながら聞きでいいって言ってたもん。

 

 

お気に入りを壁から外した

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なんとなく。

なんとなく最近肩こりが酷くなってきた気がして。

 

なんとなく。

なんとなく足に枷をつけてしまった気がして。

 

だから。

 

だから私は壁に貼っていたお気に入りの写真を外すことにしてみた。

 

 

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自分は感情の起伏を含め、あらゆる事をコントロール出来ていると思っていた。昔からネットが大好きで、小さい頃からお喋りマシーンだったこともあり、自分の性格とSNSの相性は抜群だった。スルースキル、、、と言うよりただ単に他人に左右されないから言葉で傷つくことはないし、自分でも(アカン)と脳内がアラートを出したものについては触れないという鉄壁のファイヤーウォールを作れるようになっていた。

 

だったらこの肩こりはなんなんやろ?

 

その時目に入ったのは自室に大切に飾り続けていた写真だった。

 

そして、それを外してみた。

 

 

なぜか気持ちが楽になった。

 

 

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飾っていたのはキラフェス2014のパンフのメンバーのモノクロ写真4枚だった。

 

元々スタイリッシュにオタクをしたいという考えの私は目につくところに写真やグッズを置くことはあまりない。ただこのモノクロ写真のかっこよさと全員が集まったレイアウトが最高で、飾る用(飾るために切り刻む用)に後日中古で追加購入し、額装した。

 

私の過去10年間で、私が知らないKiramuneはないと言いきれるくらい私の青春はKiramuneだ。

 

彼らの音楽、彼らのエンターテインメント、彼らの声と笑顔にどれだけ自分の私生活の疲れや痛みを癒してもらえたか。壁に並ぶ笑顔たちを見ると元気になれるし、私はまだまだやってやれると思えるのだ。

 

じゃあ彼らに飽きたのか?もう推しから卒業なのか?と聞かれるとまったくもってそうではない。

 

10周年の記念ライブを終え、改めて感じたのは私の青春はまだ続きそうだという真っ直ぐな想いだ。

 

 

ただ一つだけ変化があるのだとしたら、その姿が見えなくとも今の私は大丈夫になったのだ、ということなのかもしれない。

 

仕事や人生、キャリアについて悩みまくりの三十代半ばを時速140キロで走る私に昨年やっと一筋の道の輪郭が見えてきた。だからそれに向けて頑張りたい。少し昔の私なら、頑張るために推しの姿を見たい、それがなきゃやってやれない!なぁんて思っただろうに。今はそれがなくても大丈夫だと言いきれる。これは年齢によるものなのか何なのか分からない。でも気づいたのだ。

 

 

自分の肩こりの原因は自分の踏ん切りの悪さだったこと。

 

そして不自由さの原因は自分にあったことを。

 

 

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友達やまわりにはトオコ変わったなとか思われるのかもしれない。

 

先日見知らぬ人のつぶやきで見た言葉があまりにもピッタリでついメモしてしまった。

 

「人生が変わるほど追いかけてもいいですか」

 

 

私の人生は変わる。

 

5年後子供がいるかもしれない。

 

来年どこか別の国にいるかもしれない。

 

でもどんなに変わっても応援し続けます!という不変の愛こそが全て、という枠にはとらわれたくない。

 

高校の頃からずっと好きだった推しはどんなに変わってもその時々の愛を受け止めてくれた(まぁ、これもファンの一方的な想いやけどね)から、この先もきっとそうなのだと思う。

 

 

もう一度。

 

人生が変わるほど

追いかけていいですか?

 

 

壁をみながらそう小さく呟いたら自然と笑顔になった。

 

 

明日からの推し活が楽しみだ。

 

ラジオメールを書くということ

終わりというものは突然やってくる、なぁんていう小説の一文のような文字を通勤中のスマホで打ちながら私は今、寂しさという波を押し退けようとしている。

 

 

来月大好きなラジオ番組が1つ終わってしまう。

 

 

私の推し、吉野さんはしきりに「始まりがあれば終わりがある。終わりがあるからまた始まる。」というがやはり寂しいものは寂しい。私はいちリスナーでありファンだから、今は両足をジタバタさせて身を捩りながらイヤイヤ!と駄々を捏ねたい。

 

「終わらないでよ!」と。

 

さて、3月いっぱいで終止符を打つラブナイツとの思い出にひたるのは最終回直前まで大切に取っておこうと思う。

今日は私が書きたいのはラジオメールについて。

 

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私はラジオメールデビューは中学の時だった。

誕生日に買ってもらったブルーのパナソニックのMDラジカセコンポは受験勉強のお供だった。(ちなみにこの愛機は今でも現役で動いている)

 

聞いていたのはオールナイトニッポンラジオ大阪の声優Vステやラジオ関西。初採用はたしか他愛もない楽曲リクエストだった。当時流行りのポルノグラフティさんの「アゲハ蝶」だった。自分の名前をパーソナリティが読み上げ、大好きな曲がアナログ電波から流れてくるの幸福感は今でも忘れない。

 

笑えるネタメールを投稿し始めたのは鈴村さんと岩田さんのスイートイグニッション。当時住んでいた関西に来てイベントをしてくれた貴重な番組で、よく冬の陣のときは弁天町のブースまで観覧に行っていた。パーソナリティの顔がわかるからこそ、こう読んでくれるかな?伝わるかな?ニヤッとしてくれてら私の勝ち!とかいろんなことを考えながらメールを書くのが楽しかった。

 

私はけしてハガキ/メール職人という部類では無い。そんな1週間にネタを何十通も送らないし、採用率は高くはない(打率はいいほうだと思ってるけど)。なんせ私自身に、なんとしても読んで欲しい!という思いが薄いのだ。ただ私の日常で気づいたことがあったら伝えたいと思う番組があるから書く。たったそれだけ。

 

つまり、ラジオメールを書くということは私にとってお腹がすいたから食べるというのとまったく同じライン上での行為なのだと思う。

 

 

ラジオメールを書くようになってからとにかく日々の出来事が楽しい。彼氏との別れ際の後悔の懺悔も楽しかった甘い出来事も、駅の階段で転けたこと、インフルエンザになったこと、その日食べたおいしかったもの…すべてがラジオメールになった。そしてより沢山の事に気づくようになった。

 

 

私にとってラジオメールとは生きがいや趣味とかそんな大それた名目に分類するモノではないのだ。

 

ラジオメールこそが日常なのだ。

 

 

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さて最初に話したラブナイツという中堅男性声優による地上波帯番組が終わる。

 

放送期間はわずか1年半。

ただ同時に濃密な1年半だった。

なぜならこの1年半、私毎週最低一通はメールを送っていたからだ。

 

風邪をひいても、海外にいても、どんなにくだらないネタであっても書くこと&送ることを止めなかった。無意識に送り続けていた。

 

それが今終わりが来ると意識しながらラジオメールを書こうとしている。

 

 

いくらラジオメールが日常となってもお別れについて触れる内容は日常になってほしくないものだ。

 

 

これから私は筆替わりに指をスマホのスクリーンの上で右に左に滑らせる。

 

 

 

私はラジオメールを書くということをやめられない。

起きて半畳寝て一畳。きっと彼はこの先も赤い絨毯で旅するんだ。 ―RYO NISHIKIDO NOMAD LVに参加して思ったこと

12月19日。平日の夜。

会社に1時間の早退申請をしていた私は同僚たちの「お疲れー」の声を背に受けて日比谷の映画館に向かっていた。

 

電車に乗っている間、ずっと心臓が煩かった。ドンドン鳴りすぎて肋骨が若干痛いくらいだ。

 

私の向かう先。それは錦戸亮のソロライブのライブビューイングだった。

 

 

「起きて半畳寝て一畳天下とっても二合半」という言葉がある。NOMADを体験したあとの私の頭をふと過った言葉だ。きらびやかなセットもなんもない。自分の固い意思で新たに歩み始めた錦戸亮というアーティストはアコギ1本とステージにひかれた赤い絨毯1枚ですべて事足りるのだと、たったそれだけで満ち足りているのだとスクリーン越しにステージを見て感じた。ジャーン!!と力強くギターをかき鳴らす姿を見て、この人は自分自身を正解にしようとしているようだと感じた。そしてそれは自分の選択に揺るぎない信念があるのだと見せつけられた瞬間でもあった。

 

 

少し話は逸れるが、私は調べ物が多い仕事の性質上、語るならなんでも自分の目と耳で体験したいという思いが強い。実は当初、亮ちゃんのライブには参加するつもりはなかった。彼の選択を応援する気持ちはあれど、私が大切にしたいのは関ジャ二∞のほうだったからだ。私の役目は見送ることだと10月1日に立ち上げたレーベルを見て思った。「亮ちゃん頑張れ。心からエールを送るよ」と。

 

その後配信でリリースされた楽曲で気になったものを聞きながら、私はやっぱり亮ちゃんのメロディアスな音楽が好きやねんなぁ~と思った。時折その声の先に関ジャ二∞の残像を感じようとしたりした。亮ちゃんが作った関ジャ二∞の曲と交互にプレイヤーでかけながら彼のことを考える時間が少し増えていった。

 

なんでこんなことをしていたのだろうと思うと私には一つだけ不安があったのだと思う。

 

 

「知らない亮ちゃんになっていたらどうしよう」

 

 

潔い亮ちゃんのことだから。

これまでの時間や思い出たちに大事にラベルなんてつけちゃってしまっちゃっていたら私は寂しくなって泣くのかな?

だって亮ちゃん律儀になんでも綺麗にラベリングするやん?

 

そんな不安な思いの先を自分で知りたくなって、ライブビューイングに申し込んだのだった。

 

 

そして。

 

 

ライブは楽しかった。

 

 

終わったあと、地元のエイターの友達に伝えた言葉がすべてだったと今でも思う。

 

「ライブビューイング参加してよかった。」

 

 

最初の涙の波が来たのが関ジャ二∞時代に書いたソロ曲《スケアクロウ》だった。私は新米eighterなのでもちろんこの曲は生で聴いたことがない。メロディは知っていたけれど歌詞まで覚えることはなかった。ただこの日耳に届いた歌詞は今の亮ちゃんのことを歌うようだった。

 

「僕は此処にいるだろう」

「それでも此処にいるだろう」

 

この言葉はずっと共に走った亮ちゃんのファンたちにはどう届いたのだろう。そんなことに思いを馳せると胸がぎゅっとなる。私でさえ、ああ亮ちゃんは亮ちゃんだ、と安心したのだから。

 

 

NOMAD】の曲で好きな《罰ゲーム》《ヤキモチ》は新たな亮ちゃんらしい楽曲。ちょっとした強引さや自分勝手さが出てきちゃう亮ちゃんの恋愛ソングは人間臭さがあるからこそ、私は好きなのだと思う。

 

 

MCで《ヤキモチ》は一緒にカラオケに行った時に彼女(気になってる女の子)に歌って欲しいって照れながらもストレートにいっちゃうあたりが愛おしい。

 

 

前々からこの曲を歌うよ、と風の噂で聞いていて、聞きたいような、聞きたくないような…そんな複雑な気持ちで聞いたのが《Tokyoholic》だった。つい数ヶ月前に十五祭で聞いたばかりの《Tokyoholic》。真骨頂のバンドサウンドが最高にかっこよくて、目をつぶると東京ドームの風景が浮かぶ。この曲は亮ちゃんが関ジャ二∞として演奏するために作ったものだと勝手に思い込んで信じていたからこそ、なんとも言えない気持ちになった。

 

 

 

実際の演奏と声を聞くまでは。

 

 

《Tokyoholic》を歌っていた時の亮ちゃんの表情がずっと脳みそにこびりついていて忘れられないのだ。

 

 

NOMADのバンドメンバーが最高の音を鳴らす。

 

上手い。

 

 

ただ私の耳には何かが違うという思いが大きくなる。やっぱり嬉しそうに亮ちゃんを見てドラムを叩く大倉くん、ベースソロでは口元をハムっとさせてリズムを刻むマルちゃんがいない…音楽知識ゼロの私でも、届く音でわかる。このバンドにはそういう今まで感じていた揺るぎない「何か」が足りない。(当たり前っちゃ当たり前なのだけれど)亮ちゃんが後ろを振り向いた先に今までいた彼らがいないこと、それを楽器の音だけになった瞬間強く認識してしまい寂しくなってしまったのだった。

 

 

ただ変わらないものもある。

声は変わらない。

あの時からまっすぐ思いを届ける錦戸亮というシンガーの強い歌声。

 

 

 

これはファンの好き勝手な妄想だと言われてもいい。ただギターを弾きながら口元を少しだけ上げて笑う感じは、曲への愛とともに、15年間歩んできた時間、そして隣にいた人達への愛を感じたのだ。

 

 

亮ちゃんは嘘をつけない人だ。

好きな物は好き。

シンプルでありたい。

 

そう。

この夜の《Tokyoholic》はシンプルだった。

愛が溢れていて。

そして孤独で。

シンプルだった。

 

 

 

一つだけ気づいたことがある。

それはライブ中、彼はあの赤い絨毯から飛び出すことはなかったのだ。

 

アーティスト錦戸亮はきっとギターを片手に鞄にあの絨毯を持って次の場所に行くのだと思う。その背中はとてもかっこよかった。

 

ああ、亮ちゃんは亮ちゃんだ。

そう思えたことが嬉しかった。

 

私はこの先、そんな彼についていくかはまだ決めかねている。

 

ただ届いた声に私の心が動いたのであれば、私はその直感を信じて、彼を見失わずにいたいと思う。

 

私はまだ、彼の声を知らない ―渋谷すばる ライブツアー二歳直前の今思うこと

私はまだ、彼―渋谷すばる―の声を知らない。

 

 

 

私がエイターになったときはすでに6人の関ジャニ∞が始動していた。ちょうど《Crystal》が出た頃だった。ハマるやいなや、新米エイターの私は関ジャニ∞の曲を追いかけながら、渋谷すばるという圧倒的な歌手の残り香をクンクン嗅いでいた。そして先輩エイターのみんなが最高で最強だったと口を揃える「あの頃の彼ら」に思いを馳せていた。

 

 

私が彼の声に特に惚れ込んだのは初めて購入したライブDVD《Jukebox》で披露した【宙に行ったライオン】だった。

 

遠くへ

 

遠くへ

 

何度も繰り返されるのこのワードはただの歌詞ではなかった。言葉に乗った想いは火傷してしまいそうなくらい熱かった。

 

そんな彼の声に再び惹かれたのが2019年末に開催されたレディオクレイジーというフェスでのサプライズ出演だった。実は主催のラジオ局が粋なことをして下さり、後日ライブパートだけ放送してくれたのだった。

 

すばるくんが歌ったのはイエモンの《バラ色の日々》

 

 

聞いた瞬間涙が出た。

 

 

 

このときの私の涙は往年のすばる担の待ち焦がれていたソレとは違うのだと思う。

 

やっと会えた、とか会いたかった、という想いではなく、ただただ声に圧倒されたのだった。

 

 

渋谷すばるの声は果てしない。

 

どこまでも伸びて飛んでいき、そして触れたものにしっかりと足跡を残すのだ。

 

 

そう気づいた次の瞬間私はプレイガイドを通して二歳の幕張公演のチケットを購入していた。

 

 

 

今聴かないと。

 

今の彼を聴かないと。

 

 

私はまだ、彼の声を知らない。

 

彼の声を知るまであと数時間。

 

 

渋谷すばるの歌に出会えた瞬間、私はいったいどんな想いを抱くのか、とても楽しみである。